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私の出産体験記:初めての出産は死ぬかと思った(ちゃみっこ)

ちゃみっこ(子供3人&調理師)です。私のはじめての出産は、途中から記憶がほとんどありません。賛美歌が聞こえ始めて、天国に旅立ちそうになったからです。そんな状態で赤ちゃんと対面するとどんな感想を抱くのか、リアルな体験談をお届けします。

序章:おしるしはきたけど、出産予定日を過ぎても変化なし

出産予定日の3日前、おしるしがありました。正直、びっくりしました!パンツになめくじが付いていると思ったからです(笑)おしるしって赤色の血を想像していたけれど、私の場合、ドロッとして白濁した灰色の粘液に少し血が混ざったようなものでした。「いよいよ産まれてくるんだ」とドキドキしました。

ですが、出産予定日をすぎても、私のお腹には何の変化もありませんでした。妊娠5か月目にしてすでに、「もう臨月?いつ産まれるの?」と言われていたほど、お腹はパンパンにふくれあがっていたのにです。「早めに産んでしまわないと、赤ちゃんが大きくなって難産になるよ。」と、義母や義姉も心配して声をかけてくれました。

予定日を2日過ぎた日、義姉と一緒に公園をウォーキングしました。義母の「私の時は、出産前に用事でたくさん歩かないといけないことがあって、その時の刺激からか次の日に陣痛がきたの。だから、たくさん歩いたら赤ちゃん産まれてくるかもよ。」という助言を信じて、1周500mくらいの公園をぐるぐると3周ほど歩きました。

義姉と歩きながら、赤ちゃんが産まれてからのことを話しました。「首が据わるまでは抱っこばかりでおしりが痛いよ」「おっぱいの出が悪くて、じぃじが鯉こくを食べさせてくれて出るようになったよ」「退院したら休む間もないから、入院中は旅行気分でゆっくりしたほうがいいよ」など、まだ育児経験のない私にはためになるお話が聞けました。

たくさん歩いたので、もしかしたらその日の夜に産まれてしまうのではと身構えていたものの、やはり夜になっても何も変化はありませんでした。

「もう一度刺激してみよう」と、寝る前にスクワットを150回してから寝ました。我ながら頑張ったなぁと思います。しかしそんな努力もむなしく、その日の夜中も何事もないままぐっすりと眠り、次の日の朝を迎えました。

第一章:ついに来た!これって陣痛?病院へ向かう車内でさらに強く!

朝、旦那と義父母が庭の手入れをしていました。いつもなら、私も一緒に手伝うところですが、その日は何かお腹に違和感があり、リビングで休んでいました。午前10時をすぎた時、「あれ?」と少しお腹に響くものを感じました。痛みではなく、キューッと子宮が絞られるような感覚でした。

「もしかしたら・・・来たかもしれない!」私は庭に向かって叫びました。庭にいた旦那や義父母も緊張した顔になりました。その後も何度か波が来ました。

「陣痛が来て病院に行っても、まだ早いと帰されることもあるよ。」と、義母は言います。私は陣痛らしきものが来た時間をメモしました。陣痛が10分間隔になったら、病院に連絡を入れてから受診をする、そう心の準備をしていました。

陣痛って痛くてすぐ分かる・・・そう思っていたのですが、いまいちわかりづらいものでした。間隔も最初は40分間隔だったのがいきなり15分間隔になり、さらに5分間隔になったと思ったら10分間隔になったりと不規則でした。2時間ほど記録をとり続けていると、だんだん規則的に10分間隔になったので、病院に電話をしました。

「破水はしていませんか?陣痛の間隔はどれくらい?」と状況を聞かれ、説明すると「すぐ受診してください。」と言われました。まだ破水はしていませんでしたが、車の中で破水する恐れがあるのでバスタオルを用意しました。それと母子手帳や診察券、保険証、お財布、携帯電話を持って、旦那の運転する車で病院へ向かいました。

病院へは車で20分くらいで着く距離でしたが、向かう途中に陣痛も徐々に強くなっていきました。ギューッと締め付ける感じから、「ドコドコドコッ・・・!」とお腹の中で太鼓を叩いているような、明らかに感じたことのない感覚に変化しました。この時点ではまだ痛みはありませんでしたが、この異常な感覚は陣痛に間違いない!と確信を持ちました。

第二章:痛みに耐えながら陣痛室へ。旦那のギャグが心の支え

病院に着きました。陣痛は8分間隔になっていました。分娩室に入る前に陣痛室という小さな部屋で子宮口が開くのを待つのですが、満月の日だったせいか陣痛室は満員で、ソファーで空きが出るのを待ってから陣痛室に入りました。陣痛室へは付添人1人(旦那)しか入れません。陣痛は少しずつ痛みを増しながら、時間だけが経っていき、夜になりました。

陣痛はかなり痛みが強まりましたが、まだまだ子宮口も開かず、旦那とも普通に笑って話す余裕もありました。夕食の時間になったので、運ばれてきたご飯を食べました。「お腹痛くて食べられないよー(笑)」と旦那と笑う余裕もありつつ、出てきたサラダが水菜オンリーで苦くて食べられなかったのを覚えています。せめてレタスも混ぜて欲しかった(笑)

陣痛で辛そうな私を見て、旦那は私を笑わせようと次から次とギャグを連発してきました。くだらないことを・・・と思いつつ、かなり気が紛れたので結果オーライでした。中でも、荷物かけフックに自分が引っ掛かり、「オレ、引っ掛かっちゃった!」と言ったのが爆笑でした。今でもその時、壁に引っ掛かった旦那の写真が残っています(笑)

旦那はもともと1つの場所でじっとしていることが苦手なタイプだったので、旦那がこの長丁場に耐えられるかどうかも心配でした。疲れるとイライラした態度になるからです。度々コンビニに行ったり、家に戻って両親に経過報告に行ったりと、旦那にも気分転換をしてもらいました。私としてはずっといて欲しかったですが。

陣痛は痛いけれど1分もすれば波は引くので、それまでの我慢でした。お腹の中で線香花火がバチバチと燃えているような痛みでした。「永遠に続く痛みではない、痛みが引けばしばらく休める。長くても1分!」そう思いながら踏ん張りました。

旦那がいるといないでは痛みは全然違います。旦那の存在の大きさを感じました。痛みがくると自然にうめき声をあげてしまうので、その度に旦那が、「がんばれー!」応援してくれ、心強かったです。

第三章:体力の限界で讃美歌が聞こえ、死を意識する

子宮口が5cm開いた時、陣痛間隔5分で進行が止まってしまいました。夜中になるとさすがに眠気が来ました。陣痛と陣痛の間の5分ほどで眠り、また陣痛の痛みで目が覚め、叫び、また眠るの繰り返しでした。旦那もそばで付き添ってくれました。陣痛の間隔もだんだん短くなり、3分くらいになりました。夜中2時半に子宮口は8cmまで開きました。

正直、ここから出産までの4時間はあまりの辛さに記憶はほとんど残っていません。身体中に震えがきて、このまま死んでしまうのではないかと思ったほどでした。冗談抜きで頭の中に讃美歌が流れてきたのです!

しかし、途中で助産師さんに「頭痛はないですか?」と聞かれ、「さっきからずっと痛いです。」答えたところ、助産師さんの目の色が変わったことは覚えています。

看護師さんが慌てて私に酸素マスクを着けました。「赤ちゃんの心拍が乱れ、酸素が低下しています!たくさん酸素を吸ってください!」そう言われた瞬間、「辛いのは私だけじゃなかった!赤ちゃんも苦しんでる。この子を助けなければ!」とっさにそう思いました。たくさん酸素を吸いながら、「頑張れー、頑張れー!」と赤ちゃんを応援しました。

第四章:助産師さんの強制破水!そして絶叫

しばらくして助産師さんが、「少し破水していますが、もう少し手助けしますね。」と言いました。私は何のことかわからなかったのですが、次の瞬間、「ドボン!」と、おしっこが一気に漏れるような濡れた感覚がありました。

助産師さんが何かでつっついて破水させてくれたのです。「ここから一気に進みますよ!」その声とともに、陣痛の痛みはマックスになりました。「よし!分娩台に移動します。」助産師さんが言いました。とうとう子宮口が10cm大に開いたのです。

「えー!ここで移動するの!?」とびっくりしましたが、ゆっくりと歩き、分娩台に着きました。看護師さんたちが、私の足にカバーをつけたり、シートを敷いたり忙しく立ち回っています。

「さあ、いきんでください!」

陣痛の間隔は1分も無くなっていました。陣痛が来ている間にいきみ、陣痛が去ったら休憩です。いきまないと終わらないのは分かるけれど、いきむことでとんでもない痛みが襲ってきました。

しかし、なるべく早くこの痛みから解放されたい一心で、思い切りいきみました。「この1回で出してやる!」そう思いながらいきんでいたら助産師さんに、「すごく上手よー!」と誉められました。

あまりの痛さに何を叫んでいたかは覚えていません。とにかく頭が出れば楽になると言われて頑張ったのは覚えています。「髪の毛が見えてきたよ。」と言われて「よしっ!」と思いました。旦那は立ち会っていましたが、全く存在感はなかったです(笑)

終章:ついに、赤ちゃん誕生!そのときの正直な感想

猛烈な痛みの末、頭が出てしまうと少しだけ痛みは引きました(本当にちょっとだけ)。「早く終わってー!」祈りの中ついに、赤ちゃんが産声をあげました。「やったー!これで楽になれる。」あまりの辛さに感動する余裕もありませんでした。

体は限界、足はガクガク震えています。しかも赤ちゃんが出たのにまだまだ終わっていない感じ。そう、胎盤がまだ出ていないのです。赤ちゃんを産む時ほどではないにしろ、胎盤を出すときにもまた痛みが襲ってきました。

胎盤が出て、今度こそ終わりだろうと思っていたけれど、まだ甘かったです。会陰切開した部分の縫合が待っていました(切開したのはいつだったのかは全く覚えていません)。「まだ続くのー?もういいよー!」触られるだけで嫌でした。丁寧すぎるほど丁寧に縫ってくれたので、途中で、「もう、いいです!」と叫んでしまいました(笑)

会陰縫合が終わると、看護師さんが赤ちゃんを連れてきてくれました。抱っこして写真を撮ったのですが、出産の辛さで感動する余裕もなく、記憶も曖昧です。横で喜んでいる旦那がどうしてそんなに嬉しそうなのかわからないほどでした。ただただ休みたい。それが出産直後の感想でした。

そうは言っても、気持ちを落ち着けてから対面した赤ちゃんはいとおしく、最高の宝物です。この幸せがあるからあの痛みに耐えられるんです!苦しみに耐えたからこそ、より一層子供が大切に思えるというのもあると思います。ひと一人、産まれてくるって本当に尊いものです。こんな幸せな体験ができる「女」に産まれて、本当に良かったと感じました。[完]

利用した病院

病院名:愛和病院
住所:埼玉県川越市古谷上983-1
院長:上里忠司 先生

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