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私の出産体験記:出産よりも後産のほうが痛かった話(あきママ)

あきママ(子供5人&双子)です。年子、男女、双子の出産経験を持つ私の記念すべき第一子の出産エピソードをまとめてみました。

序章:出産予定日でも生まれる気配なし。帝王切開の可能性を告げられる

出産予定日当日。ちょうど健診が入っていました。土曜日ということもあって、待合室にはいつもより夫婦で来ている人が多かったです。私の主人はなぜだか健診についてくるのは嫌だったので、少しうらやましく思いました。ただでさえ人気の病院で1時間ほど待つことは度々ありましたが、その日は2時間ほど待って自分の番が来ました。

内診などの検査が一通り終わり、先生から「まだまだ生まれる気配ないな~。1週間後の健診で生まれる気配がなければ、帝王切開考えておいてね」と一言。混んでいたせいか、私が恐れていた「帝王切開」の一言を聞いたせいか、その日の先生はなんだかそっけなく感じました。

家に帰ってから、なんとか今週中に赤ちゃんには出てきてもらおうと、ひたすら動いていました。毎朝、床の雑巾がけをして、布団も干して、買い物も少し遠くのスーパーまで歩いて、できるだけ動くようにしていました。すれ違う何人かの人に、「もうすぐ出産?だいぶお腹が下がってきてるよ」と言われ、その言葉に勇気づけられました。

第一章:出産の前兆。だんだん短くなる痛みの間隔

40週5日目の朝。起きてトイレにいくとおしるしがありました。仕事に行く前に主人に「もうすぐ生まれるかもよ」と伝えました。その日、主人は飲み会が入っていたようで、「飲み会断ろうか?」と言ってくれたけれど、今日生まれるかどうかもわからないし、楽しみにしていたようだったので「大丈夫。行ってきて。」と言って送り出しました。

主人を見送り、いつものように床の雑巾がけ、掃除洗濯を終わらせてひと息ついていると、なんとなくお腹が張っていて、鈍い痛みがあることに気づきました。「もしかしたら、本当に今日か明日に生まれるかも!」と感じて、1週間分の食料品を買いに出かけました。さすがにこの日は車で行きました。

帰ってから、ご飯の作り置きです。カレー、肉じゃが、親子丼、ご飯を多めに炊いて小分けにしておきました。ご飯を作っているときも、だんだんお腹の張りや痛みが強くなっていきました。

夜の8時。痛みが30分おきになって、強い痛みに変わっていました。でも、20分間隔になったら病院に来るように言われていたので、ひたすら我慢。家にあったテニスボールでなんとか痛みをごまかしていました。

夜の12時。主人が帰宅。少し酔っていましたが、たぶんもうすぐ生まれること、入院中にやっておいてほしいこと、ご飯などは準備してあること、必要なことは伝えました。夜中になると、痛みが20分間隔になってきした。

病院に行こうか迷いましたが、私の母が私を産んだ時、「お盆に深夜の入院だったから、入院代が高くなったのよ」という話を聞いていて、なんとか朝になるまで待とうと考えました。痛みと睡魔が交互にやってきて、寝ようとしても痛みで目が覚めてしまって、その日はほとんど眠れませんでした。

第二章:主人が外待合で寝ていたと知り、母としての覚悟が芽生える

朝6時半。いよいよ我慢ができずに、主人を起こします。主人は「朝ごはんどうする?」とのんきなこと言ってくるので、「そんな余裕ないから。早く支度して!!」と一喝。いつものんびり支度をする主人を待っているんですが、この日はそののんびり加減にイライラして仕方なかったです。

朝7時半。病院に到着したときには痛みが10分間隔になっていました。すぐに分娩台に連れて行かれると、先生がやって来ます。「これはすぐに生まれるよ。家で我慢してたんでしょう?よくがんばったね。」最後の健診で会った先生の印象がちょっと冷たかったのですが、いつものやさしい先生で安心します。

と言っても、まだいきむことはできなかったので、いきみを逃すことがつらかったです。立ち合いではなかったのですが、まだ生まれそうにないから「ご主人呼んできましょうか?」と看護師さんが言ってくれました。せっかくなので、お願いをしたら・・・なんと主人は外待合で寝ていたとのこと。

「きっとお疲れなんですね。」と看護師さんは言ってくれましたが、恥ずかしい気持ちと「こんな大変なときになぜ寝れる!?」と呆れました。でも、「これから母になるんだから、私が強くならなくちゃ」と、これで覚悟が決まったのかもしれないです。

第三章:痛みに耐えながら、母親との思い出が巡ってくる

痛みに耐えている間、私の母のことを考えていました。私の母はとても厳しい人でした。勉強、礼儀、生活態度、どれにおいてもいちいち口出ししてきて、面倒だと思うこともありました。きっと私とは合わない人なんだと思っていました。

でも、主人との結婚に反対だった父を説得してくれたのも母でした。結婚して、離れた土地に住んでしまうけれど、「自分の娘なんだから大丈夫」と話してくれていたようです。

母は私の味方でした。いろいろ厳しくしてきたのも、私のため。こんなに痛い思いをして生んだ子供をかわいくないはずがなかったんだと思いました。「早く母にも自分の孫を抱かせてあげたい。母に会いたい。やっぱり里帰り出産にしたらよかったな」と思ってしまいました。

病院には主人の家族が来ていました。お義母さんが「私が立ち会おうか?」と言ってきたのですが、丁寧にお断りしました(笑)

終章:ついに出産!後産の激痛

ついに「いきんでいいよ」と言われましたが、上手にできません。助産師さんがきびしい人で、「そんなんじゃ全然ダメ。赤ちゃんがしんどいだけよ」と言われてしまいます。でも、何回かいきむとコツがわかったきました。頭はすぐそこまで見えていたようですが、頭が大きすぎて(だと私は思っている)なかなか出てきません。

「もう切ってしまったほうが出てくるけどいい?」と言われ、私も早く出してほしいと思って会陰切開をお願いしました。切る時痛いのかと思ったけれど、痛みは全く感じませんでした。会陰切開後、スルッと頭がでてきて、午前11時53分に長男が誕生しました。感動や安心という感情より、「無事出産できた!」という達成感が強かったです。

ですが、安心したのもつかの間、胎盤が一緒に出て来ていませんでした。あまりよく覚えていませんが、助産師さんと先生が交互にわたしのお腹を押して、胎盤を出そうとして、それが出産よりも激痛でした。幸い、10分くらいで胎盤は出てきましたが、胎盤は残ってしまうと大変なのだそうです。

無事生まれてきてくれたわが子は、3315g、50cmと少し大きめで、黒々とした髪の毛がフサフサでした。それでも小さいと感じたのですが、抱いてみるとずっしり重くて命の重みを感じました。

利用した病院

病院名:福井ウィメンズクリニック
住所:愛媛県松山市星岡4丁目2-7
院長:福井敬介先生

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